心の世界について、思うことを書いていきます。 (実際には日常的なことばかり書いてます)
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夜、外出先から帰ってきたら、うちの前にタヌキがいました。
お隣さんがそと猫飼ってて、えさを出してるので、ときどき来るんです。新宿なのに風情があります。 写真とりたかったのだけど逃げられちゃいました。 あんまり好かれてないみたい。 似てるんだけどな・・・ |
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先日グループワークにいらした安井タカエさんがホクレア号について教えてくれました。
ホクレア号とは,1975年にアメリカ合衆国建国200周年記念におけるハワイ州の事業の一つとして建造された、古代ポリネシアの航海カヌーのことです。2胴式,2本マストの大型カヌーです。動力を持たないため,船が動くためには,「風」という自然の力が必要です ホクレア号はスターナビゲーションという航海術で海を渡ります。スターナビゲーションは、海図,羅針盤,コンパス,時計といった航海計器のガイドを使わないで,自然環境を感じ取りながら、現在地を把握し,針路を定める古代式伝統航海術です。星,月,太陽の位置から方角と緯度を,それらが見えない場合には波と風から,また落陽の雲の形と色から天候を,海鳥の姿から島の位置を読みます。波だけで8種類もみわけるんだそうです。 なお,「ホクレア」とは,ハワイ語で「幸せの星」という意味を持っています。 ホクレア号は,1976年の初航海からこの30年間に,ポリネシアトライアングル(ハワイ,ニュージーランド,イースターを頂点とした海域)を中心に7回の航海を行ったそうですが、今年1月に日本に向けて出航し、1万キロの航海をへて5月に沖縄に到着しました。 もともとハワイと日本とは縁が深いことにくわえ、米原潜との衝突で沈没した実習船「えひめ丸」の事故海域に眠る魂を届ける旅でもあったそうです。 最終寄港先である横浜には6月に到着しました。安井さんは横浜での催しに密着参加されたとのこと。安井さんのサイトはこちらです。6月14日から6月21日までがホクレア号関連の記事になっています。 また安井さんが推薦しているホクレア関連のサイトはこちらとこちらです。 ホクレア号のお話を聞いて、遠い昔、カメハメハ大王の時代からのご縁が、パールハーバーなども経て、やっとつながりを得たような気がして、とても嬉しかったです。見に行きたかったなぁ、と思いました。 |
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今日はでがけに本屋さんによりました。
前にらる〜さんが見せてくれた本をみつけました。とっても欲しかった本です。パラマハンサ・ヨガナンダ著『人間の永遠の探求』。 今日はマイ誕生日だし、前に人からもらった図書券とお金をあわせて買いました。わーいわーい、おめでとぉー、ありがとぉー。 帰ってから塩サウナして、すっきり。 さっそくこれから本を読むところ・・・といいたいところですが、今週は超忙しいうえ、週末に大学の科目修了試験があるから、おあずけです。ワン! |
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前に戦争映画のポスターで「ただ愛する人を守りたかった」というキャッチコピーをみかけたことがあります。それをみて「憑依霊が浄化される直前にいう言い訳みたいだな」と思いました。(けなしてゴメン)
目的はよいんだけどアプローチが違っていて、願っていることと起きる結果がだいぶ違ってくる・・・そういうことは戦争だけでなくさまざまな分野でありますね。 霊だけでなく、私たち自身、自分をふりかえり、今していることの目的、今していることがその目的にほんとうに役立つのか、問い直してみるとよいかもしれません。 多くの問題が、デメリットがあってもメリットもある従来の方法を捨てきれないためにおきています。実績があり、それ以外の方法を知らなければ仕方がないのでしょう。それを手放すのは、未知に自分をゆだねる、ある種信仰心のような心境が必要なのかもしれません。自分(自我)が無知だと知って、自力でコントロールしようとする力をゆるめ、宇宙の秩序がここにも働いていることを信頼するきもちです。 私たちはほんとうによいことが何かを知りません。ましてや、よいことに至るルートは知りません。よい結果が自分の思ったとおりの方法や手段をとおしてこなくても全然かまわないですよね。こだわってきた前提や方法論や思い込みは壊されたっていいのです。 自我はなにごとも過去の体験にもとづいて考えています。不安も予想も対処方法も過去に依存していて、判断基準は過去にあります。今とこれからという常に未知である世界を、既知の世界からでた予想と手段で乗り切ろうとするのは人類の知恵です。それはそれでとてもよいことです。でも可能性を限定してもいます。宇宙の秩序を信頼して、思い込みを手放して問うことは、ほんとうの今が流れ込めるように、ちょこっとだけ自我のすきまをつくることだろうと思います。それは自我の成長にとっても役にたつだろうと思います。 |
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このあいだ「ホウホウ先生の開運ブログ」の5月27日の記事「たまには気をさげてみよう」を読んで、「ん?塩サウナ?なんかやりたいかも」と思っていました。絵が魅力的です。
今日おうちでお風呂に入りながら「あ!そうだ!」とおもいだして、塩をもってきました。うちにはプラニックヒーリング用に5キロの塩が常備してあるのです。 洗い場でしおづけになって、ブログに書いてあったとおり、金色の光を吸い込むイメージをしました。10分もたたないうちに顔がかゆくなって瞑想どころじゃなくなり、洗い流してお風呂につかりました。 で、それだけだったのですけれど、あがってみると、ああなんかもう全然ちがうんです!最高にスッキリして気持ちいいのなんのってありません。部屋の明るさまで違ってみえます。塩でほんとに気がキレイになるんですね。 塩サウナをサイトで調べて見ると、伯方の塩などを使っているようです。 |
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今日は夢の話をします。夢にでてくる他人は誰かっていう話、よくしていますね。目タコですか。
何年か前のことですが、ある日私は夢で、母のおなかが黒くなっているのを見ました。それでヒーリングする夢でした。とってもリアルな夢で明け方めざめました。 「ん?これは母かな?私かな?」と思いました。夢にでてくる母は、実物の母かもしれないけれど、母というシンボルで私かもしれません。 夢を見てすぐどちらかは決めないで、ファジーなままにしつつ、なんとなく実家に様子を見に行きました。すると母が「昨日食あたりになって大変だったのよ。明け方まで吐いてたの」と言いました。それで「あ、母だったんだ」と思いました。ヒーリングをしました。 数ヶ月前また、しばらくぶりに母のよからぬ夢を見ました。母がフラフラと車道に出て、トラックにぶつかりそうになりました。トラックはなんとか直前でととまってくれて、ぶつからなかったようなのですが、ほんのちょこっとだけ当たったのか、母の膝こぞうにプチっとした怪我ができものできていました。母が「足ぶつけた〜」と大げさに騒いでいます。「大丈夫、単なるプチだから、大したことないから」と私が言っていました。 朝おきて、「ん?」と思って考えます。母か私かはやっぱりファジーにしつつ、なんとなく家に電話をして「お元気でちゅか?」ときいたら元気そうだったので、夢の話はせずに電話を切りました。 3日後ぐらいに、急にじぶんの足が腫れました。一晩で太ももが、手の平大に、虫にでも刺されたように真っ赤になりました。「ああ私だったのね」と思いました。夢で、「大したことないから大丈夫」と言ったのが自分へのメッセージと思ったし、病院嫌いなので、なんとなく病院には行かず放っておきました。案外長引いて1ヶ月くらいで治りました。夢のプチは現実では大したもんです。最終的に治るってぐらいかい・・・おおらかですねぇ。 ネガティブな夢の例ばかりで申し訳ないですが、まあ夢ではこんなふうに、人が、実物の相手である場合と、自分である場合があります。 心を通じてうけとる人の情報は、自分自身にうつる相手を読んでいます。相手について言っているつもりが、自分のことを言っている場合があります。自他の境界がかなりあいまいなのですよね。読んでる人と読まれてる人に共通する部分なのかもしれません。夢だけじゃなくて、ふつうに人を見るときも、そうなのだと思います。(その辺の自他の境界のはっきりした線引きができる人は、どうしているのか教えてください) たとえば今みたいな夢をみたとき、調子悪いのが、母なのか私なのかは、現象的にはまるっきり違います。でも、相手に起きたとき、「相手だったんだ」と単純に、自分とは無関係のことと思ってしまうことがありますが、本当は同時に自分にも同じ意味のことがおきているかもしれません。夢ひとつに対して現実ひとつがセットになっているわけじゃなくて、「同じようなことが複数おきている、そういうステージにいるんだ」ととらえてみることもできます。「自分という世界の母なる部分に今おきていること」と思うとわかりやすくなります。 |
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ラジオ波発生装置を使えば、塩水から火ができるんだそうです。
You Tubeで動画見れます。 英語なので何を言っているかわかりませんが、海水を試験管にいれて、ペーパータオルを乗せて火をつけ、つぎにペーパータオルをとって塩水に直接火をつけているのです。炎の温度は1600度にもなるらしく、エンジンの実験もやっているとか。すごいですね〜。そのうちエネルギー問題も解決するのかしらん。 |
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