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きょうのできごと

今日は新大久保にある「菜食健美」というレストランに行きました。自然食でランチ食べ放題(1200円)。食事作りが苦手で栄養が偏りがちな私には、超ベリウマウマ最高でした。味付けもしっかりしていて、自然食好きじゃない人でもおいしく食べれます。私ったらまあ食べること食べること、こないだテレビでやってたセロのラーメンみたいに食べました(ちとオーバー)。満腹でもスッキリしてて、まったく疲れたり眠くなったりしません。食べたあとの疲れって、食べることにつきものなのかと思ってたけど、モノによるんだとビックリしました。



夜、帰宅したら、家のそばにまたタヌキがいました。
お隣さんが外猫用の餌をおいているのでときどき食べにくるのです。
私を見て、逃げつつふりむいたので
「ルールルルルル」とうたいながら手をのばしてみました。
一瞬反応しましたが、やっぱり逃げていきました。


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誠実に考え、問うこと

長い人生のなか、問題は誰にでもおこります。


カルマは私たちを神さまと一体化させるために働くものだといいます。
問題から逃げず、あれこれ考え工夫をこらしてとりくんでいくなかで、私たちは成長します。


目をそらして楽しい方にばかり意識をむけたり
安易に逃れる方向に行くと、問題をかえって長引かせるような気がします。
それはポジティブシンキングとはいわないようです。


問題を後から振り返ったとき
自分を育ててくれた糧としてみれるか
それとも身に降りかかった不当な災厄とみるかは
現在という結果からみた文脈で判断されるもので、
現在のあり方によって変わってきますよね。
そしてその、「現在」という結果は
単に問題が「あった」から「こうなった」という単純なものではなくて
私たち自身がその問題とどうとりくんだかという姿勢に相当影響をうけてできたものです。


色々な問題は、相手に非がある場合も多いですが
ただ単に相手だけが成長して、
相手だけが変わって
それで問題が解決したということは
私の場合は一度もありません。
たとえ相手に主な非がある場合でも、解決していくまでに、
自分自身もそこからなにかを学び、何かを変えるきっかけになりました。


問題にとりくむとき、思考は役に立ちます。
思考は安全地帯を残さないような使い方をすることで役にたちます。
「安全地帯を残さない」というのは、自分の立場を守るために、ある観点からみることを回避することを決してしないことです。


問題に直面して苦しんでいるときでも 目をあけて観察することは大切です。
自分の立場がゆらぐ結論になるとしても 、目をそらさないで、見つめていく度胸です。
自分を支えている地面が、 自己分析のドリルで掘ってあっさり崩れてしまうようなら
もともとホントに自分を支えている地盤ではないのです。


自分の能力をだしきって、掘り下げられることを残さないで
ほんとうに自分が見れる限界までみて、自力でできることをやっていくことが、
誠実な態度だと思います。


そして神さまに問うことは、思い込みの中で閉じない、開いている心です。


問うときもやはり、安全地帯のない心で問いかけます。
誰かにアドバイスを求められて、
相手が言ってほしい結論がひとつしかなかったら、それ以外言いにくいですよね。
気が弱いとなかなかズバッと言えません。
神さまが気が弱いかどうかわかりませんが、
神さまは私たちの自由意志を尊重していますから
「こういう答えじゃなきゃいや」と心の奥底で決めてかかっていたら
その自由意志をおかしてまでは教えてくれないのではないでしょうか。


神さまに問うというのはまったく新しい可能性に心を開くことです。
まったく新しい可能性というのは、往々にして・・・

今まで肯定していたものが否定される可能性であり
今まで否定していたものを肯定する可能性であり
自分の信念やこだわりやアイデンティティーが覆される可能性だったり
根本的に自分の生き方を変えなきゃならなくなる可能性があります。


「ここにはもっていきたくない」とか「こうでなければいやだ」というこだわりを
ひとつ手放し、またひとつ手放して、
誠実に考え、質問することで、
少しずつ自分の中の神さまとの距離が近くなって
インスピレーションが前よりもわきやすくなっていく気がします。


Fire the Gridの動画です

Fire the Gridを紹介する動画があったのでお知らせします。

明日は

明日はFire the Gridですね。午後8時11分から1時間、地球のためのお祈りをします。明日はグループワークですが、そのあと、Fire the Gridのお祈りの会をひらきます。お祈りの会だけの参加もできます。いらっしゃる方はご連絡ください。

「ないこと」を知っていること

よりよいあり方を知っている人は、よりよいあり方が実現されていない世界にいて嘆きを感じますね。


知っているからこそ「ないこと」がわかります。不足や不満を感じます。


「ないこと」を知っている人が、その場で実権を握っているとは限りません。発言権がないこともおおいです。だから、力をもっている人が自分たちのかわりに「ソレ」をしてくれることを期待して、待っていたりします。


ところが周りの人はそもそも「ソレ」をしりません。「ソレ」のよさを知らないのだから、「ないこと」も知りません。だからいつまで待っても変わりません。


「ないこと」を知っている人は、変えられる立場にあるのに変えない人を恨んだりします。仏頂面をしたり、相手の悪いあり方をそっくりマネしてみたり・・・。それはあたかも、わかっているのにわざとしない人に対してするような仕返しです。


「ないこと」を知らない人は、気づきません。人は自分の姿が見えにくいもので、鏡のようにマネされても、自分に似ているとはわからないのです。むしろ、こっちがもともと意地悪な性格、もともと仏頂面の顔と思われるのがオチです。(んなバカな~)
私たちが反撃したくなるような人は、別の人から反撃される体験も多いため、被害者意識がつよく、さらなる攻撃で武装してるかもしれません。はりあってアドレナリンを出すようなことを続けていたらこちらがヘタレてしまいます。


だからただただ「ソレ」のよさを知らせるというのはいかがでしょうか。


「ソレ」のよさを知らないから現状に甘んじているのです。言葉で言っただけではわからないんです。責めたらわけもなくひいてしまいます。


知らないのは食わず嫌いみたいなものじゃないですか。日本酒のおいしさをしらない人には、久保田を飲ませるじゃないですか。「ソレ」がある世界がどんなに豊かで幸せなのか、最高のものを味わってもらうのが一番。実際みて、さわってみないと価値はわかってもらえません。携帯の普及とおんなじ。0円ですよ0円。


だから形勢が逆転しても、相手と同じことをしたりはしません。相手が強かったときにされたことを、自分が強くなったときにしたりしません。自分が相手のやり方に揃えてどーすんの、ってことです。その繰り返しは辛いですもん。


とはいえ与えるべきなのに与えなかった人にたいして、最高のものを無償で与えるなんて、まるで過ちにたいするご褒美みたいですね。学ぶというのは往々にしてそういうふうなんですよね。恵まれて学んでいるのです。人間が自然や、体や、家族のことどう扱ってきたか考えてみれば、何度許されて学んできたかがわかります。「にもかかわらず」という恵みに支えられて学んでいます。


「ないこと」を知っている自分、不足を知っている自分こそが、それをこの世に実現させる役目をもった人なんです。不満を感じることこそが、自分が与え手だというサイン。それを作ってこなかった為政者や親や上司やセンパイを許し、自分がどんどこ作って、彼らを招待しましょう。私はそういうふうに思います。みなさんはどのように思われますか。


優しさのレベルをあげる

人間関係がうまくいくためのひとつの資質である優しさは、日々のとりくみによって培っていくものなのだと思います。


私がポイントだと思うのは

きらいな人への態度のレベルをあげること。
身内にたいする態度のレベルをあげること。
「ふつうここまでしてあげる」という「ふつう」のレベルをあげること。
です。


好きな人や尊敬する人にたいしては、よい態度をとろうとするのはあたりまえです。でも、自分をよく見せたい相手にたいしてだって、意識的にいられるときばかりではなく、ついつい無意識な部分が出てしまいます。


なにかのきっかけでアタマにきたときや、疲れたとき、きらいな人にするような態度がでてしまったり・・・。


くつろいだり力が抜けたときには、身内にたいする態度がでたりして・・・。


「ふつうここまでする」というレベル以上のことをすると、疲れますし、苦労の見返りがほしくなります。


だからこそ、
怒って当然と思える相手にたいしてどこまでするか。
かえりみなくても黙って耐えてくれる相手になにをするか。
どこまでが努力なしにできるのか。


そういう無意識になっているところのレベルをあげること・・・、それを日々こころがけるという取り組みは、愛情のレベルをあげるために効果的だと思います。


そうしていると、けっこう柔軟に相手の状態にあわせて対応できる優しさがもてるのではないかと思います。どうでしょうね。



























神の目の動画

エイトスターのメルマガの中に、神の目の写真を含めた、きれいで、不思議な写真をまとめたHubbleSiteが紹介されていました。きれいです~。








夢のこと

「夢をわかりやすくしてください」とか、「わかるまで何度でも繰り返し教えてください」と頼むと、夢がわかりやすくなります。


わたしはふつう、一晩で覚えている夢がいくつかあります。朝もぐもぐと夢を反芻していると、複数の夢に共通する特徴に気づきます。いくつもの夢に似たような展開や要素があるのです。それがわかると夢のメッセージがハッキリとします。夢がひとつだけだと、全体のストーリーの中でポイントがどこなのかわかりにくい場合がありますが、いくつかの夢の共通点をとる方法だとメッセージは明確です。「こういうことが起きているんだ」とよくわかるので、「ああ、生活を変えなきゃ」などと反省材料にも使えます。



こういう共通点をとる方法があるとご紹介しておくと、もしかしたら潜在意識が自然にそういう方法も採用してくれるかもしれません。



夢は特に意識の介入を受けにくいのでとてもヨイです。



みなさまの夢の読み方も聞きたいです。教えてください。






プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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