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おもしろ写真

こんな写真もらいました。


メッセージがついてました。
「屋久島で撮った、屋久杉の写真です。一枚だけ偶然、木の妖精「木霊」が写ってたそうです。ものすごいラッキーで縁起が良いそうです」


木霊かどうか私はわからないけど、顔みたい。マックロクロスケの白バージョンぽくてかわいいです。




木霊



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ゆりかもめ

ゆりかもめ




今日ね、お台場の方に用があって、はじめてゆりかもめに乗ったのです。ふだん原チャリに乗ってるから、電車はひさしぶりです。そうしたらなんと、ゆりかもめには運転手も車掌さんもいなかったのです!ちゅご~い、びっくりした~。知ってました?・・・よね。知らないの私だけですよね。ホームにドアがついていることといい、文明の利器ですねぇ。感動しました。これ、先頭車両から撮った写真です。

塩シャン

このあいだ、ネットで塩シャンなるものを知りました。塩シャンとは、シャンプーのかわりに塩水で頭を洗うというものです。





(↓夢創館通信VOL.17「松本永光:炉辺談話【塩浴革命】」より抜粋


私は塩(塩水)を塗ることで皮脂を出すことをお勧めしています。塩は不必要な汚れは全て落してくれますが、肌に必要な皮脂はちゃんと残してくれます。高価な塩を買う必要はありません。1キロ300円ほどの自然塩(粗塩)で充分です。ただし、塩つぶを直接塗るのは誤りで、『これ以上溶けない、飽和状態の塩水』(濃度約30%:海水の約8倍の濃度)を塗って下さい。こぶしが入る位の容器に自然塩をどっさり入れた後、水も多めに入れ、底には溶け切れなかった塩が残る、濃い塩水を作ります。使用前にざっとかき混ぜ、シャブシャブの塩水を頭はもちろん体中に手で塗ります。塗っているうちに肌がヌルヌルしてきたら不必要な皮脂が肌から出た印しで、塗り終えたらお湯で流します。


最初塩で髪を洗うと、ベタつきますが、それは今まで出れなかった脂が一気に出た証拠です。1か月はベタつきますが辛抱して続けてみてください。そうすると抜毛も減り、程よく脂が残ったツヤツヤの髪になります。






「そういや石鹸使わないのが体にいいと聞いたことあるな、やってみよう」と思い、このあいだから塩シャンしています。いまのところゴワゴワしてます。1ヶ月ぐらいしたら、なんか変わってくるのかな。どうなのかな。





体の浄化と心の浄化はきっとワンセットですよね。セッションをするとき、自分が一緒にいるだけで相手の人の潜在意識に影響を与えるような気がするので、なるべく自分を浄化して、心身の癖をなくしていきたいと思ってます。





今年は、塩シャンのほかにも、洗腸キット使った腸内洗浄と、塩水洗腸と、玉ねぎの皮の毒だし茶と、肝臓浄化と、断食をやろうと思ってます。



イメージ

こころの中は、自他の区別がないといわれますね。






夢の中にでてくる他人は、「その人のような自分自身」をあらわしています。「その人のような性質」が自分の一部として存在しています。体がいくつもの臓器、たくさんの細胞でなりたっているように、心の中にもいろいろな部分があるのでしょう。






「その人のような自分」と、今の自分との関係性が、夢の中であらわれます。肝臓と心臓、とか、右手と左手の関係、のようなものです。関係がよければ、肝臓も心臓もなかよし、右手と左手が協力しあう、というようなものです。関係がわるければ、肝臓が心臓を攻撃したり、右手と左手があらそったりしてるようなものです。肝臓が心臓に勝ったら、肝臓もなりたちません。どっちが勝っても体全体としてはパーフェクトな機能を果たしていないことになります。





夢でなく、思い出として心の中にいる他人はどうでしょうか。目の前にみているろうそくの炎を、目を閉じてイメージすれば、その炎はこころにあります。目の前にいる人を、目を閉じてイメージすれば、やはりこころにいます。思い出すときも、夢と同じ、イメージです。イメージは心を構成する一部です。夢とおなじように、「その人のような部分」が自分の中にうまれます。





スピリチュアルな世界では「もともとそういう部分が自分にあったからその人と出会った」と言われますね。そのとおりかもしれません。でもここで言っているのは、「たとえ自分にそういう部分がなかったとしても、出会ってこころに残ったことによって、自分自身の一部になる」ということです。外国からきた人が日本に定住して、外国文化が広まるようなものでしょうか。





じゃあ、いい人に会った方がいいのかな。たしかにそのとおりかもしれません。でもちがうかもしれません。わたしたちは24時間365日、いろいろな事実や出来事に出会います。同じとき、同じ場所にいても、印象に残ることは人それぞれ、同じ本を読んでも、覚えている文章は人それぞれです。たくさんの中から何をきりとって、どうみるのかは、自分の目を通しています。





「その人ような部分」というのは言動とか性質です。実際その人がどうだったかということより、自分が相手の中にどんな特徴を見たか、という点が一番おおきいです。わが身をふりかえってみると、過去に印象に残った人と似たようなことをしている自分を発見します。好きな人も、きらった人も、ミニサイズでいつのまにか自分の一部になってます。現実の相手ほど強烈じゃないのですが、ある時ある場面で、でます。





それに気づいて、人を理解できます。「ああ、こんな気持ちだったんだ」とわかったり、許したり、別の解釈をできるようになったり・・・。自分の中の「その人のような部分」と「自分」とが理解しあって、なごんで、自然消滅することもあります。理解したうえで意識して変えることもあります。自分の罪を許せない場合でも、自分が自分にしていたことなのだから、ただやめればいいだけです。肝臓と心臓の関係がよくなれば健康になるように、こころの中でバランスがとれて、こころの力が出せるようになります。





いっぽうで、こころの中の他人は、単なる自分の一部というだけでもありません。現実の相手の状態も反映します。イメージを通じて人の状態がわかるときもあります。「その人のような自分」を変えると、相手に影響をあたえたりします。相手には相手の意志がありますから、相手が変わりやすくなる道筋をつくるぐらいの影響かもしれません。日本から外国に行った人が、外国で定住して日本文化を広めるようなものでしょうか。





このように、こころの中は自他の区別がない、面白い世界です。こころに描いたキリストも仏様も太陽も地球も家族も友だちも、ぜ~んぶ自分自身の一部。と同時に、イメージを通じて、現実の存在やエネルギー体と双方向に影響しあえるんですね。





イメージは、ふたつの円が重なり合う共通項、自分と他者との扉のようです。






軽いこころ

色には濃い色と薄い色がありますね。心でも重い心のありようと軽い心のありようがあるような気がします。軽いというのはノリではなくて、憎しみとか陰鬱さとかこだわりや執着などが少ないことです。隠すことはなくすことじゃないから、無理はせず自然でいいのですけれど、ただなにかの拍子にこだわりがスコーンと抜けて、心が今までになくからっぽになるときがあります。「べき」とか「ねば」とか「悲願」とかが雲がかききえるように消えて、心が平和で満たされた気分になるとき、気づきもふえて、夢の中でも、今までよりバイブレーションが高いものがはいってきやすくなるようです。それだけのインスピレーションや交流が重い心のときに同じ頻度であればすごい助けになったのにぃ~、と思うのですけどね。色の濃い石より透明な宝石のほうが光を通しやすいのと同じように、やっぱり自分が心と体の癖を手放して、透明なプリズムになっていくことが大切なのかな、と思います。

実習をとおして学んだスピリチュアルなこと

今回実習に行って、自分の課題を投影して学んだことがあります。


あるとき施設のスタッフが一瞬、権威的、管理的に見えました。けれど見かけと実質は違っていました。人間誰でもそうですが、生活訓練施設の利用者も、その日その日の考えや行動が、ほんとうに自分の利益にそっているとはかぎらない場合があります。


その日の気分によって行動を変えていたら、状況も変化するし、それに応じて気持ちも変わる可能性があります。そういう時、長期的な本人の利益を、そのときどきで変わる本人の気分から守るために、権威が防波堤になって、自己決定の自由をある程度制限します。また自由意志で好きにしていたら、今までの生活を大きく変えていくのは案外難しいものです。短期間でよい習慣を身につけるためには多少の外力が加わる方が楽なのでしょう。ある程度の強制力や制限は保護であって罰や意地悪ではありません。


またスタッフが利用者の話を聞き流すようにみえることもありますが、これも見かけと実質は違っていて、状態が悪いときも一貫して支え続けるための態度のようです。利用者のよい意見や態度は、一日の気まぐれではなく長期的な傾向であれば認められ、よい願いはバックアップされます。本人以上に本人の味方でいつづける援助方法のネガティブな側面にすぎないとわかりました。


私はこのスタッフと利用者との関係に、神さまや指導霊たち、健全な親的役割をする人が与える制限、というテーマをなぞらえて勉強していました。


正しさや願いは、焦点をあてるところや、想定する範囲で変わってきます。今だけをみたときとロングスパンの状況や心境の変化を想定したときとでは違う答えがでます。親子関係でいえば、今の子どもの願いが、将来的な子どもの利益を害さないようにするのが親の制限の本来の役割といえるでしょう。でもそれもどこまでを範囲とするか、自然や地球や宇宙までを自分の一部としてとらえたら、何百年、何千年というロングスパンでとらえたら、正しさはずいぶん違ってくるのかもしれませんね。宇宙からみれば私たちはまだまだ子どもなのかもしれません。


人間が成長の途中なら、なんでもすぐ思い通りになる超能力がないほうが安全なのかもしれません。ある日一日だけ、誰がみてもよいことに力を使いたいと願っても、翌日には破壊的な力の使い方をする傾向があれば、偶然叶う程度にとどめた方が安全かもしれません。


自主的な改善でうまくいかない面では、追い立てるような状況や運命が、短期間でよい習慣を身につけさせてくれるのかもしれません。それが意地悪にみえて、私たちは神さまや運命に文句をいいたくなりますが、真っ白な太陽光が地球の空気を通るとき色を身につけるように、大日如来が不動明王に姿をかえて導くように、形を変えた愛ともとれます。


肯定的な願いは実現する方向でバックアップされ、周到な準備が整えられていきます。私たちが自主的に、安定した傾向として、自分の益になる選択の力を身につけられれば、いっさいの制限はとりはらわれてよいのかもしれません。


きっと私たちに求められているのは、周りの人や神さまの顔色を伺う従順な子どもになることではなくて、判断力や選ぶ力をもつことです。長期的にみて自分が望むことなのか自問して、望んだことと現実におきることが一致するようになればいいのですね。健全で明快なことですね。実習の本題とはそれた点ですが、私にとってはとても大切な学びになりました。

前進の証

新しいことに挑戦するときは、不安を感じますよね。予想する材料もないし、うまくいく保証もないのだから当然といえば当然かもしれません。やり方に慣れるまで戸惑ったり悩んだりします。新しいことじゃなくても、結果で生活が左右される場合は、気持ちのアップダウンは続きます。


第一線のプロ野球選手は相当な不安を感じるそうですね。お参りに行ったり、げんをかついだりするとききます。もちろん練習に励むし、今までのやり方を変えて新しいやり方を研究しつづけるのでしょう。「これでいいんだ」と何年も安心しているわけではなくて、結果に一喜一憂し、何度も古い自分を壊しては生まれ変わっていくのです。飛行機が飛ぶために前進しつづけるように、試行錯誤やリニューアルを続けてこその活躍なのでしょう。そんな生活を何年も続けていたら、そりゃあ厚みのある風格がそなわってくるかもしれませんね。その風格は安心の積み重ねではなくて、むしろ不安や悩みの積み重ねだったといえます。その時もつ自信は、この先もう二度と失敗しないとか不安を感じないという自信ではなく、今後もそういうことはあるだろうけどその中で何かをつかんで乗り越えていけるんじゃないかな、と思えることなのでしょう。


そのように、失敗も不安も自己嫌悪もあってはならないことではなくて、むしろ前進の証、ここから何かをつかむ体験の積み重ねがが風格、と思ってみると、不安なままちょっと安心しますね。






自己卑下のかわりに感謝を

ちょっと自分をおとしめるようなジョークってありますね。そういうのはTAゲシュタルト療法では精神的自殺といって直さなければならない癖とされています。自分をおとしめることは、結局のところ、自分とみなすものすべて、自分が手にいれたものすべてについての思い癖ですから、家族や環境、恵まれたもの、贈られたものについてまで卑下することになります。自分に命をくれた動植物さんも、自分に愛情をくれた仲間たちも、自分と同化したとたん卑下されるっていうのは避けたいものです。アファメーション的にいってもあんまりよくないのかもしれません。


自己卑下の利点を考えてみると、謙虚であることとか、相手の心をやわらげるとか、差をつけない、などでしょうか。であれば、その利点を達成できる別の方法を探せばよいわけです。感謝はそのひとつでしょう。ほかのものをほめることも同じような働きをするかもしれません。ほかにもあるかもしれませんね。感謝やほめることは、たくさん言ってもよいエネルギーだから大丈夫。というわけで、自己卑下したくなったときは、かわりに感謝を言ってみるのはいかがでしょう。


自分というものの範囲

(覚え書き的に書くので、わかりにくいかもかも)


「どこまでを自分ととらえるか」で、自分の意志が影響する範囲を大きくすることもできるのでしょうね。




あけましておめでとうございます

ねずみ


今年もよろしくお願いしますでちゅ。
プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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