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イメージと現実化⑥

内的世界は、他者とつながっています。





究極のクリアなイメージは、意志だけでできるものではなく、自分のさまざまな部分や、関わっている他者の深いレベルでの了承が必要なのだと私は思います。





相手がいる場合や、自分の夢の実現がいろいろな人たちの人生に影響を与えることもあります。





相手が何を望んでいるのか、相手にとってどういう意味をもつのか真摯に問う姿勢は大切になってくるかと思います。





私が好きなやり方は、自分が当初決めていた理想形と現実を無理にでもあわせようとするやり方ではなく、木や石に彫られたい形を問いかけながら、自分の理想のエッセンス的な部分との接点を探しつつ彫る、彫刻家のようなあり方です。






求めることとあけわたすことを同時にします。






自分のハイアーセルフと相手のハイアーセルフが共に望むようなあり方であれば、潜在意識レベルで追い風が吹きます。






(つづく)

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イメージと現実化⑤

成功法則のイメージは、創造の働きだけではなく、今ある内的世界の状態をリーディングする働きももちます。





イメージのクリア度と現実化する度合いは比例しています。(自分がそうなのでたぶん誰でもそうだと思います)





雑音やノイズのようなものが入る場合、なんらかの課題が残されているととらえます。





内的世界というのは、すべての念の総和の世界です。





今回は、内的世界と他者との関わりについて書きます。





夢の世界で、知人の情報を直接キャッチすることがありますよね。





逆に自分の念によって、知人の夢に出ることもありますね。





しかもきちんと現実を反映させている夢を見たり、見せたりすることが現実にあります。





夢の世界で自他の境界はあいまいということです。





内的世界は、夢の世界とだいたい同じです。





だから他者とつながっています。





内的世界は、他者も自分の一部になっている世界といえます。





自分自身の内的世界にあるたくさんの念の整合性によってイメージのクリア度が変わってくるのだから、自分の中でつながっている他者の念は、やはりイメージに関わってくるでしょう。





成功者がありありと成功をイメージできたのは、内的世界にすでに存在しているからですが、そういう究極のクリアなイメージが自然にできるのは、関わっている他者の潜在意識レベルでの了承がすでにあるのだと思います。





(つづく)






イメージと現実化④

成功法則のイメージは、創造の働きだけではなく、今ある内的世界の状態をリーディングする働きももちます。





雑音やノイズのようなものが入る場合、自分の内的世界とその願望に整合性がない何かがあるかもしれません。





内的世界というのは、すべての念の総和の世界です。





今回は、自分の念の整合性について書きます。





過去の自分が作ってきた念をふりかえります。





今の自分が作っている念も一種類ではないから、今の自分のさまざまな念もふりかえります。





強く思った念は、内的世界に強くきざまれます。





何回も回数をかさねて思った念も、内的世界に強くきざまれます。






自分が今世でつくったエネルギーと新しい願いとの整合性に課題があるようなら、何を変えるか自分で決めなおします。







(つづく)



イメージと現実化③

私は、願望をイメージするとき、「ありありとイメージできるかどうか」という点を、ひとつの判断基準として使います。





内的世界にすでに存在するものはリアルにイメージしやすいです。





イメージしようとしても、思ったとおりのイメージができないことがあります。




雑音やノイズが入るのは、イメージが下手なのではなく・・・下手であってもそれだけではなく・・・、内的世界をリーディングしているからです。





イメージは「青写真の世界に原版をつくる」という能動的な側面と、「今ある青写真の世界を読みとる」という受動的な側面が同時に働いています。





電話のように双方向なのです。






イメージは創造だけではなく、リーディングの側面を持っているのです。






リーディングというと、霊能者しかできないように思うかもしれませんが、実は、だれでもしているのです。





「イメージができない」という、あたかも劣っているように思いこんでいたそのことが、なんとリーディング能力だったかもしれないということです。





イメージしてもできないなら、無理しても無理なので、その原因をみつけて変えていくこととあわせていった方が楽だと思います。





今の自分の内的世界の流れをふまえた方が、より効果的な対応ができるようになります。




(つづく)

イメージと現実化②

よく成功法則で「成功者はありありと成功をイメージしていたという共通点がある。だから誰でもありありとイメージすれば成功できる」と言います。





けれど、ありありとしたイメージがそんなに簡単にできるものでしょうか。





ぼんやりしたり、別のイメージがパッと浮かんだり、実感をともなわなかったり、不安感など別の感情が湧いたり、妙な要素がつけくわえられていたり、思ったとおりのイメージができないことがあります。





「イメージとは自分で勝手に作ったもの」と一般に思われていますが、本当に自分で勝手に作れるなら、なぜ簡単にイメージができないのでしょうか。





ひとつには、イメージ力が足りない、ということもあるかもしれません。だからイメージングの練習をするというのも必要かもしれません。





でもたぶんそれだけではないんです。





内面世界は厳然と実在しているのです。





そして内的世界にすでに存在するものはリアルにイメージしやすいのです。





また新しいイメージをつけ加えても今までつくってきた内的世界に相反しないとき・・・なじみがいいとき・・・は比較的楽にイメージができます。





成功者がありありと成功をイメージできたのは、すでにその現実が内的世界に存在していたからなのです。





私は、願望をイメージするとき、「ありありとイメージできるかどうか」という点を、ひとつの判断基準として使います。






その現実が内的世界にすでに存在しているかどうかをみてとる尺度にするのです。




(つづく)

イメージと現実化①

よく成功法則で「成功者はありありと成功をイメージしていたという共通点がある。だから誰でもありありとイメージすれば成功できる」と言います。





「念ずれば叶う」というのは、以下のような考えが基本になっています。





現実のもとになっている青写真の世界があります。





青写真の世界というのは、内的世界です。それはつまり、心の世界、夢の世界、アストラル界、サイコノエティカル界、4次元などと呼ばれている世界なのだろうと思います。





青写真の世界が原版となって、この世の現実がつくられます。ぜんぶ内的世界そのまんまに作られるわけではないと私は思っていますが、内的世界と現実世界がものすごく深いかかわりをもっていて現実に色濃く影響しているのは確かです。






そこで、この世の現実になにかをあらわしたいとき、青写真の世界に働きかけたらいいんじゃないか、というアイデアが生まれます。





青写真の世界で、原版をつくればいいということになります。





ではどうやったら青写真の世界に原版をつくれるのでしょうか。





青写真の世界は物理的な世界と違うので、建物を建てるのにセメントはいりません。





青写真の世界に有効なのは、念、イメージ、アファメーション、決意などのエネルギーです。





身・口・意を一致させて・・・行動も発言も心もひとつにして・・・特定の方向に向かうようなエネルギーを作れば、青写真の世界に焼き付けられるということです。





青写真の世界に焼き付けられたものは、自動的にこの世の現実にあらわれるという仕組みです。





「心が現実を創る」といわれているとおりです。






成功法則は、私たち人間が創造の力を持っている、神に似た存在だという考えに基づいています。





これが成功法則の基盤となっている哲学といえるかと思います。





(つづく)



『チャクラで生きる』②

『チャクラで生きる』という本に、こういう文章がありました。










イエスや仏陀の人生が象徴しているのは、私たちはみな、集団レベルの意識を超えて進化していかなければならない。それは避けられないということなのだ。



自己発見の旅にでるという選択は、あくまでも信じる心をもって行われるものであり、誰が一緒に来るかということに左右される性質のものではありえない。心理学者であり神学者でもあるサム・キーンが好んで言うように、人生の旅で最も重要な二つの問いかけは、「自分はどこに行くのか?」と「誰が一緒に行ってくれるのか?」というこどだ。この二つを、まさにこの順番で問いかけるということがきわめて重要なのである。





実際は自分の歪みからくるのに観念専攻でこのような言い訳をして離れることは避けたいものです。けれど自分がより純化していく選択をしつづけた結果、過去の自分をぬぎ捨てていくように、また育った木が枝分れしていくように、おたがいの選択が変わり、大切な人たちと今までどおりの関係が保てなくなることもあるかもしれません。





それでも踏みとどまりたくなったとき、公約数という考えは面白いです。この本を読んでいたとき、誘われてカラオケに行って、そこで「最大公約数」という歌を聴いて思ったのです。





自分が2で相手が3なら、今まで6や12のポイントで出会えていました。自分が変わって5になったら、今までみたいなポイントでは会えなくなります。それが寂しくて2でいつづけようとします。だけど5になってみれば、なんと15や30のポイントで出会えることに気づきます。今までだったらしらなかった新しいところで、共有できること、わかりあえることがあります。「新しい自分になって探し出そう。きっとまた見つけだそう」と心に決めたらいいのかもしれません。





枝分かれの時点でとどまろうとすれば強制的な力が働きますが、本当に求められているのは優先順位を変えることだけ、神さまの道にそぐわない部分だけがそぎおとされるにすぎません。神さまは、人が愛だと思い込んでいる愛以外のものをとりあげるだけなのかもしれません。道がわかれるほど継続的なアファメーションをしてきた人が、この先進むのを躊躇するくらい大切な関係であるならば、神意にそう部分も大きいのではないでしょうか。道を純化しつづけ、あけわたし作り直すことを学びながら、柔軟に、進んでいきましょう。



『チャクラで生きる』①

『チャクラで生きる』という本に、こういう文章がありました。











「問題は病気ではありません。・・・問題は、病気があなたの内面に引き起こす、力の喪失感なのです」





そのとおりだなあ、と思いました。





状況が変わらなければ、気持ちが変わらないと思い込むことも、私自身多々ありますが、本当のところそうではないことが多いものです。





状況はいっさい変わらないまま、気持ちは変わります。





相手のしたことの意味がわかっただけで・・・
もともとの自分の愛を思い出すだけで・・・
おなじ状況でも幸せに生きた人を知るだけで・・・
親しい人にわかってもらえただけで・・・
覚悟をしただけで・・・





状況的になにも変わらなくても、気持ちは変わります。不幸な感じはしなくなります。状況が変わる前から、前向きな気持ちになれるからこそ、状況を変えられるのかもしれません。





物質は、私たちの心の協力なしに、不幸を作り出す力はないのかもしれません。外にある形に、私たちを不幸にする力は、ないのかもしれません。





とりかえしのつかない喪失を体験すれば「そんなことない」って思うけれど、この先いつか何十年たってでも、気持ちが変わるときがくるなら、状況がもとどおりになったからではないのでしょう。その何十年かの間に、いろいろな体験をして、いろいろな人にふれて、考えたり変わったりしていって、そしてあるとき、新しい視点にたてる。幸せにもういちど心をひらける時がくるということです。痛みを手放して、新しいなにかを受け入れるのにそれだけの時間が必要だったのですよね。





状況=不幸というセットを外してみたら、状況が変わらなくても幸せを感じるために、必要になってくる新しいなにかがある気がします。





今まで自分がしらなかったやり方、考え方、つながり・・・が魔法の杖かもしれません。それがこの問題が、かくしていた宝物といえるのかもしれません。





状況を変えるまえに、あるいは変える努力をしながらでも、今すぐ幸せになる新しいあり方について考えてみるのも楽しいかもしれませんね。










「天竺花園」インド家庭料理

<基本のカレーのレシピ>(ぜんぶ9人分です)
(1)玉ねぎ2個を細かいみじん切りにする。


(2)牛乳から作ったカッテージチーズを油で揚げる。


カッテージチーズ




(3)残った油の一部をフライパンにいれて、クミンシードひとつかみ、生姜すりおろしをいれる。

カレー1




(4)ニンニクすりおろし、玉ねぎみじん切り二個分を投入。


カレー2




(5)赤とうがらし、ウコン、塩大さじ1、ホールトマト2缶分くらいをみじん切りにして入れていためる。ニンニクの匂い出したいときはここでさらに投入。塩、とうがらしで味をととのえ、何度も水加えて煮込み続ける。


カレー3




(6)油が浮いてきたら完成。


カレー4





<ダールのレシピ>
(1)ダールはインドの味噌汁みたいなもの。レンズ豆を洗って圧力鍋で煮る。カッテージチーズの残り汁があまっていたので、今回は水の代わりに使用。塩中さじ1、ターメリックティースプーン1杯加えて煮る。


ダール1




(2)さきほどの残った油に(油が高熱になる前に)、コリアンダシードをもんで投入。赤とうがらし、ガラムマサラいれて、その油をスープに入れる。


ダール2




(3)完成


ダール完成





<チャパティーのレシピ>
(1)アター(小麦粉全粒粉)に水入れてみみたぶのやわらかさに混ぜる。


チャパタ1




(2)ふたをして寝かせる


チャパタ2




(3)小さめのピンポン玉ぐらいにして、麺棒で薄く丸くのばして焼く


チャパタ3




(4)ギー(バター)を少し塗って完成。


チャパタ4





<ハルワーとチャイレシピ>
ハルワーはシーク教の寺で出されるくださりもののお菓子です。


(1)フライパンでギー(バター)とアター(粉)をキツネ色になるまで炒める。


ギー




(2) 水と砂糖(てんさい)1・5カップずつ、カシューナッツとレーズン、カルダモンひとつ砕いたものを混ぜて煮る。


ハルアー1




チャイはインドの紅茶です。
(1)牛乳に紅茶、カルダモン粉末、カルダモン粒を砕いたもの2個、シナモン、砂糖を使います。


チャイ材料




(2)ぜんぶ鍋に入れて煮ます。
チャイ



ハルアーとチャイ完成。

ハウラーとチャイ





テーブルに並べるとこんな感じ。豪華なお食事でした。
食卓

ヨガリトリート

伊豆の天竺花園(てんじくかえん)のヨガリトリートに参加してきました。



和田恭さん、松本榮一さんご夫妻が天竺花園の主催をされています。松本さんは、通算20年をインドで暮らしたカメラマンで、ダライ・ラマやベナレスに関する本をお書きになっています。



今回は長年のお友だちであるヴィーナさんが講師をされ、インドで日々の生活の一部になっているヨガ、祈り、瞑想、ヒンズー教の神様のお話、家庭のカレー作りなどを教えてくれました。(カレー作りは、このあと別の記事で書きますね)



ヨガは公園でやりました。鶯の声が聞こえて気持ちよかったです。

ヨガ




ヴィーナ先生はお母さんみたいです。ヨガで足が曲がってたりすると軽く叩かれたりするのですが、なんだかそれさえ温かくて嬉しくて、私たちはすっかりインド家庭の子どもになった気分でした。



関わってくださる方々の、ありよう全体に触れて、癒される体験となりました。



3日目は快晴だったので大室山に登りました。
大室山



プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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