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鹿島神宮

鹿島神宮へ行きました。


鹿島1







鹿島神宮は貫く力があると聞いたことがあります。







貫き進もうとする力も、もとに戻ろうとする力も、自分の中のそれぞれの部分でしょうし、そのバランスの結果が現状となってあらわれているのでしょうから、さらに一歩進むために鹿島のエネルギーに触れたいと思い、正式参拝を受けました。







さすがに力強い感じでした。







こちらは奥宮です。


鹿島3奥宮







こちらが要石。


鹿島4要石


要石の伝説は地震を起こすナマズの上にのっかって治めている石という話だからちょっと意味が違うかもしれないけれど、そういえば要石も地面を貫いて顔を出していますね。







鹿島2


木立の中を歩いてリフレッシュしました。











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動画のご紹介

脳についての興味深い動画を教えてもらいました。


脳卒中の体験談(1/2)
脳卒中の体験談(2/2)



内観

内観研修を受けてきました。座椅子ひとつのスペースに一週間閉じこもって過去の自分のあり方をひたすら思い出し考えます。食事も運ばれてきますし室温も一定、トイレとお風呂と寝るときだけそのスペースから出ますが、参加者同士は終始無言で過ごす変化のない環境。まるで胎内か死後の世界のよう。







内観では親を始めとした関係をふりかえります。人生のひとつひとつの経験は列車の風景のように大して意味を持たないまま通り過ぎていきますが、すでに与えられてきたものをよくよく何度もふりかえってみれば、そこにどんな愛がこめられていたかだんだん理解できてきて、理解するほど感慨深い気持ちになります。






人や社会、この世やあの世、自分の魂から贈られつづける愛を精妙に理解できるほど安堵感は増すのでしょうね。平和な気持ちで過ごすことと物事が変化・成就することは案外比例するものかもしれません。どこに行かずともここに沢山の次元があり、ただ高い愛の次元を感受・呼応できる自分になればよいということも、探し求めた結果理解できるものなのかもしれません。






内観では自分に不足していた点や、嘘や盗みや殺生の波動についても思い出し報告します。映画でみるキリスト教の懺悔の小窓みたい。その目的は、高次の自己に視点をうつすためかなと思います。「自分をそこまで客観的にとらえる目は誰?」といえば、愛と善に満ちた自分ですものね。そういえば内観の先生は「死後出会うえんまさまも自分です」と言っていました。常日頃から高次の自己で考え行動する習慣を身につけられたらいいですね。






与えられたものを理解するにしたがって、過去の自分がした反応は不当に思え、自分が受けた人生の鞭はそれと同種のうらがえしと思えます。「え?こんなちょっとしたことが顕微鏡で見たように大きく返ってくるの?」というサイズの差はあります。今世の傾向は過去世のミニサイズだからかな。「自分は人生の被害者ではなかった、これからこうすればいいだけだ」と腑におちてわかるときすっきりします。算数の解き方の間違いを理解したときのようにはればれとします。







人は自分で選択・創造した世界を、体験することを許された存在であり、どの道を選んでも不正解はない、どの道も成長に導かれていて、起きることは一見不調和にみえても調和している、そういう許容量の大きな愛にどこまでも包まれつづけているのだな、と実感しました。









プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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