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マインドフルネスストレス低減法

最近、興味があるもののひとつはマインドフルネスストレス低減法です。


たぶんヨガや仏教的瞑想法を応用して組みたてた心理療法プログラムではないかと思います。


体の痛みなどがある場合、痛い部分に自動的に意識が向いてしまいがちですが、体をCTスキャンするように順番に感じとっていくことで、痛い部分を待たせ、順番がきたときにはじっくり感じ、次へ移るときには、痛い部分を通り過ぎることができるようになります。


意識を強制的に引きつけようとする強い刺激に対して自動反応してしまうのをやめて、待たせ、感じ、通り過ぎることができるようになることは、自由な意識を手に入れるということです。


また痛みなどの不快感に対して、私たちは自動的に問題視して、解決しなければいけないもの、という捉え方をしがちですが、痛みを受け入れ、痛みを嫌がる自分の思いも受け入れ、自分が痛みでもなく、痛みを嫌がる思いでもなく、それらすべてを含む場であることを自覚していきます。


自分がすべてを含む場であるという考えは、図と地の概念に例えるとわかりやすいと思います。模造紙に絵を描いたら絵の部分を「図」、何も描いていない模造紙の余白部分を「地」と呼びますね。マインドフルネスでいう痛みや、嫌がる思いは「図」、自分が「地」です。


「地」である自分の中にとどまることが選択できるようになると、痛みがあろうが、痛みを嫌がる思いがあろうが、そこから離れた平和を感じることが可能になります。


平和な気持ちを維持するために物理的な状況に働きかける方法しか知らないと、対処に追われ慌ただしく、不安や焦りから自由になれる時間は短く、人生を楽しむ余裕もなくなってしまいがちです。


平和な気持ちを維持するために意識の置きどころを変える方法を選択できれば、安らぎのなかでひと休止することも観察することもできるので、対処が適格になりやすく、心理的安定が影響する領域(体や対人関係)に良い影響を与えます。









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あがり症の対処方法

スピーチのときなどのあがり症について、ネット検索してわかる一般的な対処方法を自分なりの言葉で要約してご紹介します。

全部覚えなくても大丈夫です。使えそうなものがあればお使いください。

大勢の人たちの前で発表などするとき、心臓がドキドキしたり、手に汗をかいたり、顔の筋肉がこわばったり、声がふるえたりしますが、それらは戦闘態勢になっているということであり、ある意味やる気です。

動物だとその勢いでガブッと噛みつくわけですが、人間の場合そうはいきません。

で、困るわけです。

で、もうひとつ困るのが、その戦闘態勢のスイッチは、意識でオンオフできるものではなく、無意識にスイッチオンするものなのです。

自律神経は無意識に影響を受けます。

意識でわざと

冷や汗をかくとか
心臓がバクバクするとか
血圧あげるとか

無理なんです。

よって、意識でとめるのも無理です。

無理なのにとめようとすると、余計焦るので、かえって緊張が増して逆効果になります。

だからある程度開き直るような気持でいた方がよいです。

スコールのような雨が降ってきたら、雨宿りするか、濡れるの覚悟で歩くかするのであって、雨自体をとめようとはしませんね。その中での対処を決めます。それと同様の心持ちでいたらよいということです。

とはいえただ諦めるというのもつまらないので、意識である程度コントロールする方法をお伝えすると、自律神経の中で呼吸と筋肉だけは意識でもコントロール可能ですので、そこからアプローチしていく方法があります。

呼吸は腹式呼吸。下っ腹に手を当ててそこに向けてゆっくり吸ってゆっくり吐きます。

筋肉は、自分でリラクゼーションの自己暗示をするとよいですが、わからなければ、逆に体じゅうにものすごく力を入れて、限界まで力を強めてからパッとゆるめると、ゆるんだ感じがわかります。

このふたつを定期的きやっておくだけでもスピーチのときの心拍数が落ちたという実験もあるようです。



そのほかの対処方法を羅列します。

何か手に持っていじっておく。

スピーチする場合でもキーワードだけ覚えるかメモ書きして、あとは自分の言葉で話す。

難しい用語を使わず普段自分が使っているような言葉で話す。

黙る時間があってもよい。

聞き役に徹する、または聴衆の心に耳を傾けるような気持ちで話す。

うまく話そうとするより言葉を選びながら一生懸命伝えようとしたときの方がよい反響がある。

おしっことともに緊張や不安が流れ出ていくという放尿暗示をする

初めてだというだけで緊張するものなので、当日着ていく服を着て家族や友人の前で練習しておく。

同様の理由でイメージトレーニングもよい。

などがネット検索で出てくる情報です。

テンプレートを変えました

このブログについて「文字が小さくて緑色だと読みにくい」というご意見を伺うことが何度かあったのですが、テンプレートの文字の大きさや色の設定だけを変えることができない(自分にはわからない)ので、テンプレートごと変えてみました。皆さま、どうですか。読みやすいですか。子どもっぽくておかしいかな。

自信

虐待を受けて育った人が自分の子どもを虐待する可能性が、虐待を受けずに育った人のそれより高いことを、虐待の連鎖といいます。

虐殺の連鎖が多くの人に周知されたため「私は虐待を受けて育ったから子どもを虐待してしまうのではないか」と恐れるあまり子どもを産むことをためらう人まで出てきています。

でも虐待を受けて育った人の半数以上は子どもを虐待しないと読んだことがあります。

自分は虐待してしまうのではないかと心配するような人は虐待をしない可能性が高いです。

日々自分の言動について「これが虐待にあたるか」なんて考えるような人は、その都度細かな微調整ができるので、子どもが成人するまでのロングスパンでみれば大した害にはなりません。

一回も子どもを感情的に怒ったことのない親などいないでしょうし、暴力をふるってしまったことのある親も大勢いるでしょうが、過ちを続けることさえなければ、子どもの受容力や成長力で消化されてしまうことも多いでしょう。


むしろ害を与えるのは、自信・確信のある親、どういう理由であれ修正しない親です。

それは子育てのみならずさまざまな分野についていえます。

ナチスがユダヤ人を虐殺したとき「もしかしたら間違っているのではなかろうか」なんて日々反省•修正したはずありません。

会社のいじめも「あの人は仕事ができない」「みんなが迷惑してる」という理由で愛を与えない「正しい人」が加害者になっているケースが圧倒的に多い。

人間の自我は、ものごとのつながりを知りません。

自分の内臓がなぜ動いているのかも知らない、白髪一本黒くもできない、アリンコがなぜ地球にとって必要なのかもわからない、ただ安心して暮らしたいだけなのに生物多様性が失われていくのをどうすることもできないほど人類は無知です。

にもかかわらず、自分がいま直面している件に関してはわかっていると思っています。

自分が今なんとかうまくやっていけているのは、環境や遺伝子や健康や出会いなどに恵まれているからで、努力ができるのも努力が実るという学習が思わず知らずできたからで、恵まれた部分もあるはずなのですが、与えられていることを換算にいれず自分にできたようなことは他の人も努力次第でできるはずだと思うと、容赦なく他者を断罪しがちです。

断罪する人の主張は一面のみの正しさを追求していることが多く、自分が年をとって振り返ってみればどうでもよくなるような、それだけで見方が変わるような、一時的な正しさの場合も多くあります。

今、確かだと思うことが本当に普遍的に正しい行為なら、係わるすべてのメンバーに調和を生み出すはずです。

ソクラテスが言っていた無知の知(自分が知らないことを知っているという知恵)をもって歩む姿勢がないとき、また愛と許し、観察•熟考による別の視点が持てないときに、人は大きな過ちを犯しがちです。

だから、自分が正しいと自信があり、相手の言い分を認める気持ちになど到底なれないときや、相手に対する自分の愛のなさも含めて相手のせい、当然の報いだ、などと思うときこそ、自分を疑ってみる必要があります。

逆に、自信がない場合は修正しながら進めば大丈夫だと思った方がよいでしょう。
プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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