気づきの体験①-4

私は若いころからいじめや差別や自然破壊などの社会問題について嘆いていて、変えていきたいなぁと思っていました。

学生のころのある日「あ!きっと弱肉強食がいけないのだ。それは食べるからなのだ」と思いつき、無鉄砲に断食して、7日目にラーメン食べる夢をみて挫折するようなアホでした。

復食のやり方も知らず、いきなりボンカレー食べて吐いたりするアホでした。(悪い例ですので決して真似しないでください)

今思うとマンガですが、思いはそれなりに切実でした。

大きくなっても社会問題を解決する側であろうとしてきました。

でも社会問題は簡単には変わりませんから、地道な活動をちまちまやりつつ酒を飲めば社会問題を論じて咆哮飛ばしていました。

私はかなり度数の高いお酒をストレートで飲んでいました。

自然や命を守らなければならないと涙ながらに力説しつつ、自分の中にもある自然や命を粗末に扱う矛盾。

命に耳を傾け、命とともに生きたいと言いつつ、ガブ飲みして、体の中では自然破壊が起きている。

酒販業界は人間の依存性を利用して安定した業績をあげているかもしれないけれど、リカーショップで酒を買って飲んでいるのは他ならぬ自分。

外側の社会問題にとりくむことも大事だけれども、自分の中でも同様のリフレインが存在しているのです。

自分に関わるリフレインを変えていくことができなければ、外側が変わるわけがありません。

もちろん自分の中のリフレインを変えれば必ずすぐさま外側の状況が変わるということではありませんが、少なくとも自分が変えたいと思っているならば、自分の中で起きている同じ構造のリフレインを変えていくことでアファメーションを純化したいと思いました。

そして、買い置きしていたウイスキー3本を、流しに捨てました。

今は体に負担にならない程度の飲み方をしています。

こんなダメダメな私の話でお目汚しして申し訳ありませんが、ここから気づいたことを共有したかったのです。

未解決の問題がまだ残っている状況があっても、問題が存在しているからいけないというより、こんな世の中生きるに値しないというより、その問題に対して「自分は」どう関わるのかという点が最も重要なことであり、また外側だけではなく自分の世界にも同様の問題構造がリフレインしている場合、そのリフレインを変えることでアファメーションをより確かなものにしていけるのではないか、ということを共有したくて書きました。

おわり

気づきの体験①-3

過去の出来事のリフレインのなかで、私が別の選択をして、トラウマが癒されたということから学べるもうひとつのことは、

私が許せなかったのはいじめっ子ではなく、いじめっ子と出会ったときの自分自身の反応だったということです。

自分で納得のいく対応を自分がとれなかったことで、その状況を作ったいじめっこを恨んでいたということです。

もっとも本質的な問題は外側の状況ではなく、状況に対する自分自身の反応。

だからやり直せたタイミングで和解の夢をみたのです。

外側の問題は避けようのないことがあります。

クラスにいじめっこがいるかどうかは、自分(少なくとも小我の自分)には選びようがありません。

どんな時代に生まれるか、どんな国に生まれるか、どんなことに巻き込まれるかも、選べません。

でも、あとあとまで後悔するとしたら、その状況の中で自分が何をしたか、あるいはしなかったか、という点です。

うまくいったかどうかという結果以上に、自分が価値あると思うあり方を選択し、その時の自分の全能力で、その時の自分にできうることを全身全霊でやったのか、という点が、最終的に心に残ることです。その点で一点の曇りもなくYESと答えられるなら、力及ばなくても、致仕方なかったと受け入れやすいはずです。

人間は、単なる状況判断をする傍観者ではなく、ただ本能で逃げ惑う動物でもなく、今いる状況のなかで自分の行動を通して自分の意志を表明していく存在です。

社会を変えられなくても、状況を変えられなくても、自分の関わり方だけは、最後の瞬間まで変えられます。

自分が状況とどう向き合うかという点については、自分の手中にあり、誰も自由を侵すことはできない種類のものなのです。

気づきの体験①-2

未解決の問題があると、似たようなことが繰り返されることが多く、私は成人してからも、自分からみると昔のいじめに少し似た出来事に出会いました。

そのなかで私は子どものころとは違う対応をとることができました。

簡単に、かつ具体的にいうと、包丁をつきつけられるような場面があって、それでも言うことは聞けないと静かに伝えたこと。

もうひとつが、今考えるとたぶんチーマーと呼ばれるような若い男の子たちに集団リンチされていた男性をみかけて、間に入って男の子たちに殴らないでくださいと頼み、通行人が集まってきて、男の子たちが暴力をふるうのをやめたこと。

それは、私がいじめを受けた体験と、他の子を助けてあげられなかった体験を、やりなおすような出来事でした。(あぶないので真似はお勧めしません)

これがリフレインの中でやり直しをした体験だと私は頭ではわかっていなかったのですが、潜在意識はわかっていたようです。

和解の夢をみました。

子どものころに私をいじめた首謀者の男の子が夢のなかに出てきました。

夢の中で、私は大人で、男の子は当時の子どものままの姿だったので、怖くありませんでした。

大人の目からみると、しもぶくれでほっぺが赤くて、かわいいなぁ、と思いました。

あんなに怖かったけど、こんな小さかったんだ。

こんな年でお母さんがいなかったならさぞかし寂しかっただろうなぁ、と思いました。

すると男の子が「あそぼ」と言いました。

私も和解するつもりはあったのですが、いじめられた当時ひとことも文句をいえなかったので、ひとことぐらい文句を言っておこうと思って「前にいじめたでしょ」と言いました。

するとその子はちょっとはずかしそうにうつむいて「うん」とうなづきました。

その姿がかわいくて私は「もういいや」と思い、その子を抱っこしました。

その瞬間に目覚めました。

以来、過去の体験はトラウマではなくなりました。

親から聞いたエピソードと同程度の、感情をともなわない単なる記録のような記憶になりました。

ここから学べるひとつの法則は、リフレインが起きること、そのなかで前と違う選択をすることで過去の記憶が癒されるということです。

ここから学べるもうひとつのことを次の記事で書きます。

気づきの体験①-1

今回は、私が体験を通して気づいたことをシェアしたいと思います。

ちょっと長いので、分けてシリーズにします。

私は小学校のときのほんの短い時期、いじめられた経験があります。

自分のせいではないようなことが原因でした。

具体的にいうと、授業が終わって掃除をするために机を後ろにさげるとき、後ろ向きに進んでいて、床に落ちていた誰かのプリントを踏んだ、ということで、リンチに発展してしまったのでした。

男の子たちからT字箒でメッタ叩きに叩かれて、女子トイレに逃げ込んだら、男の子たちは入れないみたいで、外から「出てこい」と言っていました。

女の子たちが「大丈夫だから出ておいで」といい、隣のトイレから壁をよじ登って私のいるトイレにきて、内側から鍵をあけました。

その後またリンチを受けて、裁判にかけられて、土下座させられ、頭をふまれるという始末でした。

帰りは女の子たちが私を慰めながら帰ってくれましたが、私からすれば共犯者みたいなものでした。

私のいた学校はけっこう荒れていたのかもしれないと今は思います。

女の子の顔に茶色い紙袋をかぶせて、誰が殴ったかわからないようにして、殴る蹴るするとか

手足をもってブランコのように揺らして、階段の下に投げ落とすとか

ひどいいじめがありました。

たぶん、いじめが社会問題になる前の、さきがけの時代だったのではないかと思います。

親もたいして問題視していなくて、自分が受けたいじめについて母親に話したところ
「○○君(首謀者の男の子)は、お母さんがいないから寂しいのよ。今度誕生日に呼んであげなさい」といわれました。

お母さんがいないことと私をいじめることは違うと思い、私は釈然としない気持ちでした。

私はその後、いじめっ子たちがすっかり怖くなり、ほかの子を助けられなかったことがありました。

いじめられたことと、ほかの子を助けられなかったことは、私にとってトラウマ的な記憶として残りました。

そこで高校のころ空手を習いました。

強くなって理不尽ないじめに負けないようになりたかったのだと思います。

あと1回試験を受けたら黒帯というところまでやりました。

冬の日に裸足でマラソンして、川の中でエイヤーと型をやって、川べりにある石を手で割った体験は、意志力や気合いの訓練としてよい経験だったと思っています。

でも私が習ったのは極真流空手というもので、ヘルメットや胴衣・グローブをつけて本当に殴るんですね。

しかも男女混合で練習するので、私より30センチも背丈の高い大男と組んだりするわけです。

こっちは腕を伸ばしてもぜんぜんリーチが届かない。

殴られて、後ろに1mくらい飛んじゃって、目の前を光がまったことを覚えています。

私は、小学校のいじめにシンボルされるような理不尽な暴力というものに対してどうすべきなのかをさまざまな方向から摸索していたのですが、当時読んだ2冊の本(書名は忘れました)に書かれていたある場面がとても印象深く心に残りました。

ひとつは、学校で黒人差別を受けていた小さな女の子が、家で鏡の前に座って、鏡にうつった自分の顔におしろいを塗るという場面でした。

これが一番の悲劇だな、と思いました。

鏡におしろいを塗るという行動は、差別する側の否定の言葉を、自分の心の中に内在化させてしまったことを意味していたからです。

敵が単に外側にあるものならまだよいけれど、その論理で思考するようになってしまったら、それが本当の負けだな、と思いました。

もう一冊の本は、南京大虐殺に関わった兵士の手記でした。(南京大虐殺については、あったとかなかったとか諸説ありますが、単に私にとって印象的だったという意味でお読みください)

その兵士は、農民のふりをしているスパイをつかまえて自白させる仕事をしていました。

ある男女を監禁して、毎日気絶するほど暴行して、牢屋に戻していたのですが、翌日になるとふたりとも身なりを整えて独房で正座していて、兵士は敵ながら内心感心していたそうです。

そんな日々が続いて、とうとう自白させることを諦めて、処刑場に向かって歩かせていたときに、二人がいっせいに走り出し、女性は男性をかばうように男性の後ろを走って男性は逃げ切り、女性は背中を撃たれて倒れたそうです。

兵士は、仰向けに倒れた女性の胸を銃剣の先でつきさしました。

そのとき兵士がみたのは女性の穏やかな微笑みでした。

その微笑みは、彼女が心まで明け渡さなかったこと、自分にとって価値あるもののために生ききったことををあらわしているように私には感じられました。

これが勝利なのだと思いました。

理不尽な暴力に対して力で戦って勝ったら、自分より力の強い者と喧嘩して負けたとき、心まで負けてしまいます。

だから力で勝つことよりも心が負けないことが大事なのだと思いました。

そして私は空手道場をやめました。

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ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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