正義感に関する実験

京都大学などの研究グループが行った実験について、興味深い内容だったので概要を転勤します。


生後6か月の赤ちゃんに2種類の動画を見せます。


登場人物
「攻撃者」青いキャラクター
「被害者」黄色いキャラクター
「正義の味方」緑色のキャラクター
「傍観者」オレンジ色のキャラクター


1つめの動画
黄色(被害者)が青(攻撃者)に何度か攻撃されたあと、緑(正義の味方)が両者の間に入って黄色(被害者)を助ける 


2つめの動画
黄色(被害者)が青(攻撃者)に何度か攻撃されたあと、オレンジ色(傍観者)は黄色(被害者)を助けずその場から離れる


二種類の動画を見せたあと、赤ちゃんの前に緑(正義の味方)とオレンジ(傍観者)のキャラクターを置き、どちらが好きか選ばせます。


生後6か月の赤ちゃん20人のうち17人が緑(正義の味方)を選ぴました。


偶然性を排除するため生後6か月と生後10か月の赤ちゃん132人に、同様の実験を、見せる動画のパターンを変えて行いましたが、結果は同じでした。


研究グループは「人間には生来「正義感」が備わっている可能性がある」という結論を出しました。


この実験はイギリス科学誌『ネイチャー・ヒューマンビヘイビア』に発表されネット上で話題になったそうです。


なんだか興味深いお話ですね。


赤ん坊は弱いから単に保護的存在が好きなのでしょうか。


でもそうだとしても、あれは動画で、緑のキャラは直接的に自分を守ってくれる存在ではありません。


直接的に自分を守ってくれる存在でもない緑のキャラが好きだということが何の証明になるでしょうか。


この実験で証明できていると私が思うのは、赤ん坊が、動画という自分に直接的に影響を及ぼさない環境であっても、他者の状況や、他者同士の関係を理解する(可能性がある)こと。


「平和的でない状況を改善してくれる存在が好き」ということです。


先ほど「(可能性がある)」と書いたのは、厳密に言えば、たぶん赤ん坊はテレパシーが大人以上に強いので「緑を選んだらいいなぁ」と思っている実験者や親の思考に影響される可能性があると思ったためです。


「平和的でない状況を改善してくれる存在が好き」なのではなく単に「周りの期待に応えようとしている」だけかもしれません。


その可能性をなくすには、実験の意図を知らない大人、実験の意図に関心のない大人がそばにいても同様の結果になる必要があります。


ただ、その実験をしても同様の結果が出る可能性はけっこう高いと思います。


なぜなら子ども番組にはヒーローものが多いからです。


テレビ番組は視聴率を取る必要があるので、子どもの嗜好に合わせた結果、ヒーロー番組が多くなったのかもしれないと考えると自然です。


お年寄りも「水戸黄門」とか好みますしヒーローものは万人受けするのかもしれません。


もしかしたら、人間は本当に「平和的でない状況を解決してくれる存在が好き」という傾向を生まれもって持っているのかもしれません。

これが日本人に特有の傾向なのか人類共通の傾向なのか、外国の赤ちゃんで同様の実験をすればハッキリすると思います。



地獄絵図

地獄絵図ってあるじゃないですか。

地獄の住民は辛い目に遭っていて、地獄の番人が住民をいじめているような絵。

あれがふと浮かんで、「もしも地獄に番人がいなかったら、地獄の住民は何をするのだろうか」という問いが浮かびました。

自由であれば、なんでもし放題ですが、その時何をするかという点が、地獄の住民と天国の住民では異なっています。

地獄の住民は簡単にいうと悪いことするわけですね。

悪いことというのをもう少し細かくいうと、自他の区別が強くエゴイズムが強く、自分さえ良ければいいという感じになっていたり、自分のセンスで調和的だと感じることが全体的な調和を乱してしまうことになっていて、勘違いの度合いが強く、修正の可能性が低く、直そうとも思わないし、教えられても逆ギレして受け入れないし、あとから考え直そうともしない、という感じですかね。

自由を得たら何をするかという質が、その人の質をあらわしています。

誰も見ていなければ何をするか、犯罪にならなければ何をするか、何を思ってもいい(と通常の社会ではされる)心の中で何を思うか。

その質によっては地獄の特訓が必要になってくるというのが、地獄絵図なのでしょうね。

地獄の番人は鬼コーチ。

いじめているようにみえて、特訓。特訓されている住民は、もしかしたら見いだされて変わることを期待されている選ばれた生徒たちかもしれない。

いじめと特訓はどう違うか。

地獄の番人が地獄の住民と同じような性質ではないこと。住民に適切な自己コントロール力を身につけさせるという目的のみできちんとコントロールされていて、それ以外の不純物(自分のコントロール力不足、ストレス発散など)が一切ないこと、少しあっても修正傾向にあること。個々の相手にどの程度の特訓が必要かを正しく把握し過分に行わないこと。

そうであれば、不動明王が大日如来の化身だといわれるように、地獄の特訓もまたひとつの愛の形のなりうるのでしょう。


という考えがふと浮かんだのは、現実(という)世界の勤務先で、私たちがあまりに部下の指導ができなくて統制が乱れ、上司が「指導すべきところは指導する。受け入れるべきところは受け入れる。労いや感謝の言葉を述べる。これを全員に徹底してもらいたい」と全体メールを発信したのを読んだあとでした。地獄絵図を思い出さないと業務上必要な注意もできないってどんだけ気ィ弱いんだろ(笑)。
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ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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