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心に刻まれたありよう

明日は大学の科目修了試験なので、お勉強中です。


最近ふと思います。昔誰かが言った言葉で印象的だったことって、発言した本人以上に、それを聞いて印象をうけた自分自身に当てはまるんだなって。



中学校のころ、一度だけ父が「山にこもって修行をする」と母に言いました。それを私は驚きとともに肯定的な気持ちで聞きました。ぜひそうしてほしい、うらやましいな、と思いました。それは一度だけの発言で、実際には行かなかったかもしれないのですが、その言葉が父の言葉の中で一番印象に残る言葉で、何度も思い出します。



また20代のころ友達が「お金よりも確かに支えあえる人間関係があると思うんだ。そういう人生を生きるんだ」と言ったことがあって、「へ~そうか~」と驚きを感じました。その人の発言の中で最も印象にのこる言葉でした。いつか私もその人にとって力になれることがあるかもしれないと思っていました。(でも思っているだけで言いもせず、筆不精だったので疎遠になってしまいましたが・・・)


よくよく考えてみると、私は父以上に山にこもったような生活をして、その友達と同じように周りの人にささえられてきた気がします。


「人のもついろいろな部分は、一色ずつ色がついたガラス板のようなものだ。いろんな色のガラス板があって、それらが重なって全体的な複雑な色合いをかもしだしている。それが人柄として感じられるもの。そしてときどき、何かの加減で、その中の一枚の板の色がめだって見える。これが状況に応じて出てくるその人の一面。一枚一枚のガラス板の色にはそうなった理由があるし、全体にも影響を与えている。一枚が変われば、その総計である全体的な色合いも変わる。」という話を聞いたことがあります。



驚きとともに印象に刻んだ発言は、何度も反芻して思い出すことによって、自分の中にあるガラス板の一枚に刻まれていくのでしょうか。印象に残る、人の代表的発言、聞いたことだけでなく、見たこと、姿・ありようも、印象深かったあり方が、いつのまにか自分の一部となってそれを生きている。そんなふうに、私たちはお互いを与えあっているのかもしれないと思いました。







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新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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