絵にかいた餅

すごくおいしい野菜や果物を食べると、普段食べているものとの味の差に驚くことがありますね。同じ種類のものとは思えないぐらい、味も充実感も違います。



「絵にかいた餅」ということわざがあります。ことわざとしては「実際の役に立たないもの」という意味ですが、ここではちょっとことわざを離れて、「絵にかかれた餅」というものをイメージしてみてください。絵の後ろにほんとうの餅があるとします。絵が「物質」、うしろの餅が本当の餅のエネルギーです。「物質」が絵のようなものだということです。



物質である餅を食べることを、餅の絵を食べることにたとえています。餅の絵は、その裏にある実体のエネルギーをとおす出口です。肉体をもって3次元の世界にいると、餅の絵を食べることと餅の実体を食べたることを混同しやすくなります。でもわたしたちが欲しているのは実体の方です。物質のむこうにあるエネルギーを受けとれたら「あ~餅だ~。ひさびさだ。うまい。」と大満足を感じます。実体のない絵だけの餅もあって、そういう場合は食べても気持ちが満たされません。



今までほんとうにおいしかった食べ物、心から満たされたふれあい、感動した言葉、心に響いた歌などを思い出してみれば、おなじカテゴリの言動をくりかえすだけではその感動を再現できないとわかります。形ではない何かにふれて、形ではない何かを受けとり、それで癒され、満たされ、心打たれたのです。



感動的なできごとは3次元の世界をとおした4次元以上の交流なのかもしれません。4次元などというと特殊用語のようですが、食べ物の実体は「プラーナ」と呼ばれているものです。名前をつけると難しくみえるけど、ほんとうに満足できるときが「プラーナ」をうけとったときと考えれば、大したことない用語です。実質ということです。



どんな分野でも、最高峰のあり方は、形ではない何かを通す形をこの世につくることでしょう。そそがれる器、回路としての物質を形づくることは、3次元で肉体をもっている私たちができる仕事です。そこに注がれるのが大我の自分、もしくは自然のエネルギー、神さまのエネルギーといったものでしょうか。形は実体の呼び水です。ほんとうにすばらしい実体の呼び水となる器をつくるためには、それを作る人の意識や姿勢が重要な要因になっています。愛する・学ぶ・祈る・洗練させるなどの意識や姿勢・とりくみ方がおおいに関係ありそうです。恵み豊かな本質の世界のエネルギーを、この世におろす器を、作っていきましょうね。

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新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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