多摩川河川敷の猫

このあいだ、友だちと一緒に「多摩川河川敷の猫」という写真展に行きました。






そういう光景は各地で見られるのでしょうが、多摩川でも、捨て猫がホームレスの人たちに飼われています。







通りすがりの人間に傷つけられることもたびたびあるらしく、写真に添えられた文章を読んで、人として、なんとも申し訳ない気持ちになりました。







「小西修さんの動物ドキュメンタリー」の中の、「多摩川河川敷の猫」というページに、猫ちゃんたちの写真があります。







事実を知ると、何をしてあげたらいいか、何ができるのかわからなくて、せつなくなります。でも事実を知らない幸せから一歩だけ出て、そのときにも、私たちの心が光のもと・愛の側・命とともに、たちつづけることができたら素敵ですね。







人が自然にたいしてすることは、自分自身の「自然さ」にたいしてすることで、自分のカルマになるのはわかるけど、それにしても人間に命運を委ねて自らをひらいている自然や動物たちは、たいへんな犠牲をともなって私たちを愛してくれているものだなぁ、と思いました。






コメント

Secret

毎日毎日、動植物や自然を目にし、感じ、触れて、ものによっては命を戴き(食として)私達は自然によって生かしてもらえていますよね。その事を常に忘れたくないです。

それなのに、その偉大な御心で私達に命運を委ねて自らをひらいてくれている自然や動物に、私達人間は、残酷に犯してしまっている事が多すぎますね。

自然や動物達に命を戴いたりして、人間は毎日を生かして貰えている事や、
「人間に命運を委ねて自らをひらいている自然や動物たちは、たいへんな犠牲をともなって私たちを愛してくれているものだなぁ」とおっしゃるユーリさんの思いを、
生涯忘れたくないです。

長文大変失礼致しました!!

elicaさん、ありがとうございます。ニュースなどで見る、自分にどうともできない状況は私たちの問題をうつしだして見せてくれている存在としてとらえたらどうかと教えてくれた人がいました。私は昔、厭世的な学生だったころ、多摩川で目の見えない子猫と出会いました。「こういうことは世界中で起きているのだからこの子一匹助けて問題解決したつもりになるのはやめよう」と思ってなにもせず去ったことがありました、当時自分が自分のインナーチャイルドをそのように扱っていたことをあらわしていたと思います。縁があって関わる場合も、縁がなく見守る場合も、わたしたちが、自分自身のなかの構造を確認して修正していくことは、すべてが関わりとして動いている世界で、命が大切にされていくことの遠因をつくっていくことになるだろうと信じます。
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ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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