ささやかな体験と大きな気づき

体験をとおして本質的なことを学ぶとき、大きな学びのために大きな体験が必要かといえば、かならずしもそうではありません






たわいない日常の一場面で、人生について深く学ぶこともあります。







私は小学生のころのある日、「ものごとには理由があること。観察・理解が大切であること」を学びました。教室のドアが動かなくなって、力ずくで押してもびくともせず、ドアと枠をよく観察してみると、一箇所ずれている部分を見つけ、そこにだけ力をかけたら簡単にあいたという出来事に印象を覚えたことによってでした。







「今あるものに丁寧にむきあっていこう」と決めたのは掃除の時間でした。目の前の一マスだけをピカピカにしようと考えながら掃除をしていたら、いつのまにか全体がピカピカになったことでそう思いました。







私の友だちが、「ものの見方・とらえ方を変えることによってこそ新しい世界が広がる」と気づいたのはお風呂の中だったそうです。湯舟につかりながら髪の毛をひろっていたとき、焦点の合わせ方を変えると、おふろの特定の深さにある髪の毛がクローズアップして見えてくることに気づいたのだそうです。







そういうことって誰にでもあると思います。







ささやかな出来事から学んだことだからささやかな学びというわけではありません。







特別な場所で特別な体験をすることによってたどりつく結論と同様、生き方に根本的な影響を与える洞察を、今ここで得ることができます








また、私たちをサポートしてくれている見えない存在たちは、肉体をもっていないので、語ってきかせることや手紙をかくことはそうそうありませんが、常にメタファーを使って私たちに語りかけています。







メタファーが天使の言葉であり、天使からの手紙です。







そしてそれは具象の世界を通して読みとれるものです。







私たちは具象を愛するなかで普遍的なものを見いだしていけます。







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ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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