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カルマについて

よく「加害者はいつか被害者になる(因果応報)」と言われますね。でも「加害者は同時に被害者である」ことも多く、「かつて被害者だった人が加害者になる」ことも多いですね。







たとえば幼いころに虐待を受けた人が大人になって虐待をする場合もあれば、変わらず自分を虐待するような人といつづける場合もあります。また、自分自身の体を虐待するような生活習慣に陥ることもあるし、意識しているからか虐待的な場面の目撃者になることも多いのかもしれません。







これをもしカルマという点で考えてみると、カルマというものは、自分が「する」側なのか、「される」側なのか、「自分が自分にしているのか」、「見聞きする」のかなど、立ち位置・配役が入れ替わるということです。立ち位置・配役が入れ替わりながらも、「虐待というものが存在する世界」に住んでいるという点だけが変わらないのです。







だから「構造」というニュートラルな呼び方をしてみるのもいいかな、と思うのですね。







幼い頃だけでなく過去世などもふくめた永い永い時の流れの中で、配役を変えながらある構造が続いているとすれば、「誰が悪い」という視点はなくなってきます。







ネガティブカルマは単に悲しい構造として見えます。







加害者を見て怒るというより、「自分自身も人も害する、痛みを生み出す構造を持っている人」というふうにとらえた方が正確です。







他者にだけ害を与えている人というのはいません。







相手と自分との間に起きていることは、相手自身の中でも起きています。







加害者は過去に被害者だったというだけではなくて、今も同じ痛みを抱え、自分自身を害しつづけ、誰かとの関係では今でも被害者であり続けている人です。







たとえ自分からは見えなくてもそうなのです。







相手によって自分が与えられた痛みは、おそらく相手が感じてきた痛みと同質のものだと思います。







相手の中に自分のような被害者のサブパーソナリティーがいて、相手の中の被害者が助かることと、相手がもう他者を害することがなくなることはほぼ同時に起きます。







同じ方向のことで連動して動きます。







できることなら私たちは相手を憎まず、かといって犠牲者という立場に甘んじず、より建設的な関係に変えていくことが望ましいのです。







その新しい関係・あり方を相手が受容しやすい状況をつくることで、実際の人間関係と連動して相手の内部構造が変わっていく手助けをすることができます。







逆に自分が加害者になったことを悔やむ場合も、「内部構造」としてニュートラルにとらえてみてはいかがでしょうか。







後悔したり、自分を罰したり、痛みを自分に課すよりも、過ちを忘れないでいることよりも、もっともっと大切なのは修正していくことです。







誰かにしてしまったことは、自分が被害者に甘んじてきたことであり、自分が自分にしてきたことです。







永い永い時の流れの中で、立ち位置・配役を変えてひとつの構造が続いているだけなら、誰が悪者ということはありません。「右手が左手にしてきたこと」といってもよいのです。







痛みを生み出す構造ならいつからだって変えたらいいのです。






自分を痛め続けているかぎりまた誰かを痛めてしまうから、自分が変わっていくこと・幸せになることを許し、より豊かな幸せを与え受けとれる自分になっていくこと、それがもう二度と同じことを繰り返さないということなのです。








被害者・加害者が生まれる構造ではなく、豊かな愛・許し・幸せの与え手・受け手が生まれる構造をつくっていきましょう。







幸せが存在している世界・内部構造を作っていきましょう。







私たちにはできます。







今回書いた話は、カルマという豊かで深い学びのほんの一面をあらわしているにすぎないと思いますが、ネガティブカルマを「内部構造」ととらえることで、自分や人を罰する気持ちから解放されることもあるのかな、あったらいいな、と思って書いてみました。







コメント

Secret

ユーリ姐さま

誠に遅ればせながら・・
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます☆


ちょうど「自分がしたこと、されたこと」
「許すことの難しさ」なんかを
じっくりと考えていたところでありました。


何度も何度も読み返してみます。
素晴らしきお話をありがとうございます♪^^♪

こんにちは

久しぶりの更新嬉しいです。

”私たちにはできます”

という言葉が力強く感じ、こだましていくようです。

2005年のユーリさんの記事を、たまにはとクリックしてみました。
すると「付箋の術」でした。
随分前の記事ですが、記事は新鮮なままそこにいるようでした(^^)


∞月のしずく∞さん、おひさしぶりです!コメントありがとう!あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。お返事おそくなってごめんなさいね。 考える材料にしてくださるとのこと超うれしいです、エヘヘ。またコメントちょうらいね。

ピーターは元気さん!わお!これまたおひさしぶり。ありがとね。デキマスデキマスデキマス・・・・こだましますよ~。

付箋紙の術ね・・・あれ、やめちゃったの。今は携帯のメモに入れてます、ははは、ごめん。まあ・・・そういうこともありますよ・・・i-195

違うの、違うの

付箋紙の術。
ユーリさんの今は違うかもしれないけれど、付箋紙の術の05年の記事は、過去なのに今もその場で活きていて、記事をはじめて見た人が自分もやってみようかなと思うこともあるだろうなと、
読んでみたら、
過去の記事というのも、新鮮なものだと感じたから。
それを書きたかったの。

そっかそっか。了解。ありがとう。
プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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