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高根の月に雲のかけまじ

とある先生に最近いただいたアドバイスです。






生く人の心々にまかせおき
高根の月に雲のかけまじ







本来尊ぶべきものを大切にしない人の姿を見て、なんとかしようと必死に努力(コントロール)してきたこれまでの私のありようにたいしていただいた言葉です。月は本来の輝かしい尊いものをあらわしているのでしょう。人がどのような過ちをおかしても、月を汚すことはできない。月との間に雲がうまれ、見えにくくなるだけ。尊いものは尊いまま永遠に高みにあり続け、晴れた夜、あるいは雲のすきまから、いつでもその人を導き方向性をさししめていく。だから今、人が生きたいように生きるのを心配せずに見守っていなさい。・・・と言ってくれたのだろうなと思いました。これを読んで、自分の中にあった根強い執着がほどける気がしました。






コメント

Secret

ユーリ姐さま

ごぶさたしております。


誠に遅ればせながら・・
精神保健福祉士試験、合格お芽出度うございます!!!
心よりおよろこび申し上げます♪♪♪


そして・・
頭ではわかっているものの
人や自分の思いを反対方向へと
コントロールしようとしていた自分。
なぜかいつも、闘っている。今も闘っている。
「あぁ、疲れたな・・」 そんな風に感じていたところでした。
お言葉が、シーンと心に染み渡りました。


いつもありがとうございます☆^^☆
素敵な日をお過ごしくださいまし♪

∞月のしずく∞さん、お久しぶりです。おめでとう言ってくれてありがとう。なぜかいつも闘っている・・・というのわかります。ワシもそうだったしそうだもん。「高根の月に雲のかけまじ」って言葉でずいぶんほぐれていきました。潜在意識の奥のほうに信念体系があると教わったことがあります。奥にある信念体系を変えることを「みたまがえし」と言うようです(ネットで調べたときは違う意味しか出てこなかったけどね)。本当の癒しはそういうことかもしれないと思う今日このごろです。

別の解釈も

「高根の月に雲のかけまじ」の別の解釈もあります。
すべての人はもともと神の光あらわれであり、
本質においてはすでに「月の光」なのであるから、
たとえ煩悩、不尊の言動、行為があろうとも、自分の本質である光を汚すことはできない、ということです。

煩悩、不尊の言動、行為があろうとも、光の計画から長期的にはずれることは、不可能です。

きんきらさん、初コメントありがとうございます。私たちは本質的に光であり、煩悩や不尊の言動などの過ちがあっても本質である光を汚すことはできないし、長期的に光の計画から外れることもないのですね。そのとおりだと思います。私もきんきらさんと同じように理解しています。またコメントよろしくお願いします。
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ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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