過去の感情

ふつう現実によっておきる感情は、状況に応じた感情が、状況に比例した強度でおきるのが自然です。ひどいことがおきればひどい感情を感じるのは自然です。


でも状況はそこまでひどくないのに、とても強い感情を感じる場合がありますね。相手が間違ったことをしても何もそこまで怒りを感じることもなかろう、というほどの怒りを感じたり、絶望したりします。そのようなときは、現時点ではない感情を感じている可能性が高いのです。


過去の感情があらわれているときは、状況と比例していません。今現在一緒にいる人たちがそこまでひどいことをしていないのに、とてつもない闇のような感覚を感じたりします。


そういう場合現時点で一緒にいる人は、実際そこまでの被害を自分に与えた罪はなく、なぜそこまで傷つくのか理解できないし、かえっていいがかりのように感じてしまうこともあります。だから一緒に解決することができにくいこともおおいです。状況に比例してない感情を感じたら、タイムラグがある感情かもしれないと仮定して、さかのぼって考えてみると原因が理解できることがあります。



たとえば、わたしは思春期、悩みはじめたころに、赤ちゃんのときに感じたような孤独感を感じました。



わたしは落ち時を失った枯れ葉のような気持ちでした。春になってしまって若葉がでてきて、みんなは元気なのに自分は枯れ葉で、でもなぜだか生命力が強くて生き残り、落ちるタイミングを逸してしまったというイメージ。


また本流を離れた一筋の川の水が、海にたどりつけるかわからないまま、いつ果てるとも知らず、デコボコの山道を流れて進んでいくイメージもありました。


それが「赤ちゃんのときのことだ」とわかったのはずっと後になってのことです。多少は状況的に問題があったものの、そこまで深く感じるような状況ではなかったはずなのですが、当時のわたしはその状況によってそう感じるのだと思えました。そのとき初めて感じた感覚のように思えました。


うんと後になって、ヒプノで初めてインナーチャイルドを扱ったとき、ボロ雑巾みたいに床におちている赤ちゃんがいました。「インナーチャイルドなら幼児でも小学生でもいいのになぜ赤ちゃんなのかな?」と不思議に思いました。その後セルフヒプノをしているときにも赤ちゃん期のことがでてきました。親から聞いていた事実と照らし合わせてみて「ああそうか」と納得しました。


わたしが生まれたとき母は長期入院したので、わたしは一足先に家に戻っていたのですが、抱き癖がついて泣き止まなかったらしいです。声帯が壊れるまで泣き続けて、とうとう母が退院したときには私は泣かない赤ちゃんになっていました。泣いて呼ぶことがないので母は育てやすかったそうです。赤ちゃんの私はたぶん絶望したのでしょうね。でもその記憶はありません。


感覚のみで残っていて言葉にされていない体験というものがあります。それがあるきっかけででるまでに、時間がたっていることもあります。
自分の絶望や孤独感が赤ちゃん期のものであるとわかれば、同時にそれがわたしの誤解だったこともわかります。わたしは家で保護された状態で、孤独な世界に入りこんでいただけなのですから。


























テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

コメント

Secret

プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索