スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

図と地

先日のマインドフルネスのつづきみたいな話ですけれどね•••••


自分ってなにかと考えたとき


ひとつひとつの呼吸は自分の内側から生まれて、自分と一体化して働き、自分に寄与し、生まれては消えてゆくものですが、ひとつひとつの呼吸とともに自分は死にませんよね。


体の細胞も、自分の内側から生まれ、自分と一体化して働き、自分に寄与し、終わるものですが、ひとつの細胞とともに自分は死にませんね。


それは樹木と葉っぱの関係と似ています。新緑も樹木の一部であり、樹木と一体化して働き、樹木に寄与するものだけれど、枯葉とともに樹木は死にません。


自分の中に、スパンの短いものと、スパンの長いものがあるわけですね。


考えも、気分も一時的なものです。ある考え方をするようになる前から自分はいたし、考え方が変わっても死にません。感情もしかりです。社会的立場も同様です。


一貫して存在する自分というものがいるなら、胎児のころから今まで一貫して続いているもの、起きているときも熟睡しているときも続いているものです。


生まれては消えていく泡のように、呼吸が、細胞が、考えが、感情が、生まれては消えていく場が自分だということになります。


画用紙に書いた絵を「図」と呼び、画用紙の白紙部分を「地」と呼びますが、一貫して存在する自分は「地」の部分にあるわけですよね。


こういう考えをしてみるとよいのは、特に、行き詰まりを感じるような状況にいるときですね。


自分を「地」としてみれば、現状を落ちついてみることができます。


「自分は落伍者だ」とか、「もうダメ」とかの考えも、一体化しないで、その考えが存在することを認める者というポジションに自分を置くことで、やわらぎます。


不安な予想は過去の経験値から来るもので、過去に由来した幻想の一種にすぎません。


自分の考えと距離を置くために、ロングスパンで続いている「地」の自分にフォーカスしてみることは役立ちます。


同様に、どうにもならない厭世観や鬱的気分も、それ自体を変えようとせずに、立ち位置を変えることで、無理なく、安らぎのある心境に立ち戻りやすくなるという点で、優れた方法だと思います。










コメント

Secret

プロフィール

ユーリ

Author:ユーリ
新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。