地獄絵図

地獄絵図ってあるじゃないですか。

地獄の住民は辛い目に遭っていて、地獄の番人が住民をいじめているような絵。

あれがふと浮かんで、「もしも地獄に番人がいなかったら、地獄の住民は何をするのだろうか」という問いが浮かびました。

自由であれば、なんでもし放題ですが、その時何をするかという点が、地獄の住民と天国の住民では異なっています。

地獄の住民は簡単にいうと悪いことするわけですね。

悪いことというのをもう少し細かくいうと、自他の区別が強くエゴイズムが強く、自分さえ良ければいいという感じになっていたり、自分のセンスで調和的だと感じることが全体的な調和を乱してしまうことになっていて、勘違いの度合いが強く、修正の可能性が低く、直そうとも思わないし、教えられても逆ギレして受け入れないし、あとから考え直そうともしない、という感じですかね。

自由を得たら何をするかという質が、その人の質をあらわしています。

誰も見ていなければ何をするか、犯罪にならなければ何をするか、何を思ってもいい(と通常の社会ではされる)心の中で何を思うか。

その質によっては地獄の特訓が必要になってくるというのが、地獄絵図なのでしょうね。

地獄の番人は鬼コーチ。

いじめているようにみえて、特訓。特訓されている住民は、もしかしたら見いだされて変わることを期待されている選ばれた生徒たちかもしれない。

いじめと特訓はどう違うか。

地獄の番人が地獄の住民と同じような性質ではないこと。住民に適切な自己コントロール力を身につけさせるという目的のみできちんとコントロールされていて、それ以外の不純物(自分のコントロール力不足、ストレス発散など)が一切ないこと、少しあっても修正傾向にあること。個々の相手にどの程度の特訓が必要かを正しく把握し過分に行わないこと。

そうであれば、不動明王が大日如来の化身だといわれるように、地獄の特訓もまたひとつの愛の形のなりうるのでしょう。


という考えがふと浮かんだのは、現実(という)世界の勤務先で、私たちがあまりに部下の指導ができなくて統制が乱れ、上司が「指導すべきところは指導する。受け入れるべきところは受け入れる。労いや感謝の言葉を述べる。これを全員に徹底してもらいたい」と全体メールを発信したのを読んだあとでした。地獄絵図を思い出さないと業務上必要な注意もできないってどんだけ気ィ弱いんだろ(笑)。

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新宿区中落合でヒプノセラピーをしています。

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